Founded 1911
当院は、耳鼻咽喉科の民間医療機関として日本で最も伝統と歴史があるとともに、
最大級の臨床実績を誇る耳鼻咽喉科専門病院として広く全国に知られています。
創業明治44年

当院の創業は明治44年(1911年)、初代院長・神尾友修が東京・神田金沢町22番地(現外神田4丁目)において開業したことに始まります。
初代院長・友修(明治17年〜昭和35年)は、明治42年に東京帝国大学医学部を卒業後、同大耳鼻咽喉科教室研究生・副手を命ぜられ、明治44年に当院を開院しています。大正7年神田旅篭町2-21(現外神田1-7-6)に規模を病院に拡大して移転するとともに「神尾病院」に改称しました。
初代院長・友修は、大正11年東大同級生の斎藤茂吉(精神科)とともにドイツに留学、ウルツブルク大学でマナッセ教授に師事し、耳硬化症に関する研究論文で博士号を取得しました。また、グライフスワルド大学ではフリーベルク教授の指導を受け、近代耳鼻咽喉科の先端をいく内耳開窓術、中耳根治手術を取得しました。その成果は、わが国における耳鼻咽喉科の発展に大きな役割を果たしました。
病院は大正12年関東大震災で焼失、同年末仮診療所にて診察を再開し、大正15年に薬師寺工学博士の設計により本建築を行いました。しかし、昭和20年3月の東京大空襲で再び焼失、院長・友修は瀕死の重傷を負い、病院再興の夢を長男・友彦に託しました。
戦後、2代目院長・友彦が再建

戦後、三菱重工業付属東京病院の耳鼻咽喉科医長をしていた友修の長男・友彦(明治44年〜昭和58年:昭和11年東京慈恵会医科大学卒)が2代目院長に就任、100坪の病院を再建しました。都庁の病院開設許可の第1号でした。
昭和26年、個人病院から医療法人財団・神尾病院に改組、昭和35年病院南部分を地下1階地上4階建てに改築、さらに昭和40年北側部分250坪を改築、総建坪535坪の耳鼻咽喉科専門病院が竣工しました。
二代目院長・友彦は、昭和33年西ドイツ・ウルツブルク大学に留学、鼓室形成術の創始者であり、当時、耳の手術では世界最高と言われたウルスタイン教授のもとで中耳手術の実際を学びました。当時において鼓室形成術は、中耳炎に対して耳の機能である聴力を保持しながら病態を治癒させることに加えて、手術に手術用顕微鏡(マイクロサージャリー)を使うという点でも画期的な技術でした。帰国後は、本邦における鼓室形成術推進者の一人となって指導・普及に努め、昭和46年には日本オトマイクロサージャリー研究会(後に「日本臨床耳科学会)の会長に就任して、翌47年に第13回日本オトマイクロサージャリー研究会総会および学術研究会を主催しました。民間病院の院長が学術研究会の会長として活躍したことは、当時としては大変希有なことでありました。
2代目院長・友彦の急逝で前院長が継承

昭和58年、友彦の急逝により、当時、日本医科大学助教授であった友彦の長男・友和(昭和12年〜:昭和40年日本医科大学卒・昭和49年日本医科大学大学院卒。)が院長代行として就任、さらに2年後の昭和60年に神尾病院の診療と経営に専念するために日本医科大学助教授を辞職するとともに、理事長ならびに3代目院長に就任しました。
友和は、昭和48年から足掛け3年間、米国ロサンゼルスのハウス耳科学研究所に留学、耳硬化症のアブミ骨手術の第一人者であるハワード・ハウス先生、メニエール病の内リンパ嚢減圧術、経中頭蓋窩法および経迷路法による聴神経腫瘍摘出術の考案者であり、シングルチャンネルの人工内耳の指導者であったウイリアム・ハウス先生、拡大顔面神経減圧術の第一人者であるジャック・プレッツ先生、外耳道保存鼓室形成術の名医ジェームス・シーヒイ先生から直接指導を受け、帰国後の昭和56年、日本で初めてシングルチャンネルによる人工内耳の埋め込み術を行い、両耳とも聾の人に音の感覚を取り戻すことに成功しました。
1981年(昭和56年)5月16日 毎日新聞報道記事
友和は3代目院長に就任時、「医業は知識・技術集約型サービス業である」との基本認識に立って「すべての患者さんに満足感・安心感ならびに信頼感を持ってもらうことが、良質な医療の基本である」との当院における基本理念を打ち出し、この基本理念をより具体化するために平成元年神田淡路町の現在地に移転・新築するとともに、病院名を「神尾病院」から「神尾記念病院」に改称しました。
基本理念では、病院が提供する患者さんへのサービスを、医学・医術・医道的アプローチである「医療サービス」と医療サービスの周辺サービスである「医業サービス=ホスピタリティー・サービス」とに分け、それぞれのサービスの充実を図る一方、こうしたサービスの源泉となる職員サービスについても真剣な取り組みを開始しました。
また、移転・新築を機に、基本理念に基づいた耳鼻咽喉科専門病院としての質の高い医療サービスと医業サービスのブランド化を目的として、病院名の書体(ロゴ)やマーク、色彩等を統一し、病院イメージの明確化、いわゆるコーポレイト・アイデンティティ(CI)の医療機関における展開、すなわちホスピタル・アイデンティティ(HI)を積極的に取り入れました。
その結果、平成元年に第23回日本SDA(Sign Design Association)奨励賞、平成2年に病医院PR誌コンクール病院案内パンフレット部門優秀賞、平成4年に第1回病院建築賞を受賞しました。
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